このインプラントなあに?

こんな本があったらいいのに! と思っていた本がこのほど発刊された。
近年、歯科医療の欠損補綴治療における一つのオプションとしてインプラント治療は社会に認知され、一般開業医、大学においても広く行われるようになってきた。世界では100社以上、国内でも ?社以上のメーカーがそれぞれインプラントシステムを発売している。このような状況の下、既に他院でインプラント治療を受けた患者が何らかの理由で来院する場合が増加傾向にあるのも事実だ。十年以上経過したインプラントシステムである場合もある。多くは転勤等の理由で近医でのメインテナンス希望であるが、場合によってはトラブルで来院するケースも少なくない。主訴や口腔内状況、レントゲンから得られる情報でインプラントの部位やタイプは推測可能であるが、安易な対応は、かえって2次的なトラブルに見舞われる危険がある。的確な判断、処置、対応をするためには、確実にメーカーを把握し、インプラント自体を知るのは勿論、システムや特徴を理解する事が必須であると考える。
 まず、本の何処を開いてもおわかり頂けるが、統一感が素晴らしい。必要最低限のことが網羅されている。すべてのインプラントを左右開きで紹介し 左に実際の形状とレントゲン透過像、その下にアバットメントコネクションの拡大像 使用ドライバーまでに至る。右に臨床のレントゲン像とその特徴と類似したインプラントの鑑別方法とポイントを述べている。また拡大された画像は特徴がつかめて本当に助かる。最後にメーカーの問い合わせ先が明記され、臨床の流れに即した判断基準になるところを押さえている。まさに臨床家の、臨床家による、臨床家の為の至れり尽くせりの情報が詰まっている。
 特にレントゲン像の呈示は助かる。以前本で読んだことがあるが、戦時中、軍艦にのって双眼鏡で監視している人は敵戦艦を発見したとき、影絵で敵戦艦の判別、戦力を報告できるようにトレーニングされていたという。まさにインプラント臨床で、我々がレントゲンに現れた画像をみるときに必要なトレーニングではないか。歯科の臨床では、双眼鏡をレントゲンに置き換えて来院される患者さんの情報を読み取らなければならない。通常一番多く臨床で見かける影絵の謎は、まさに 「このインプラント何?」
である。そのときにこのレントゲン像の呈示が本領発揮し、その答えに導いてくれる。影絵での判別は大変重要である。私事であるが、いままでも幾度となく、判別、対応に苦慮した経験がある。その度に色々な手段を使って調べ、時間、お金を費やしてきた。幼いころ野山で昆虫や魚を採ると、家に帰って図鑑を広げて比べてよく見たものだ、あった!見つけた!これだ!この感覚に似ている。心は楽しみまで発展する。この本を手にしてからは、もうなくてはならないものになってしまった。臨床上も安心に繋がる。「このインプラント何?」 は即臨床に役立つものであるが、‘臨床に役立つインプラント図鑑2011(日本版)’とかいうネーミングの方が良かったのでは? と思えるほど素晴らしくできている。タイトルではもったいない作品である。
 最後に、この本からは筆者らの熱い想いを感じることができる。メーカーや出版社による本が多い中、臨床医の必要性を痛感し、 誰かがやらねば、との使命感から生まれたことが伝わってくる。大変な作業であったことであろう。よくこれだけの資料と臨床の写真を集めたものだ。まさに熱意と努力、根気の賜物である。改めて、敬意を表したい。
 もちろん、これだけでシステムすべてを理解することは困難であるが、おおよその目安をつけてメーカーに問い合わせることができる、ターゲットを絞れるわけである。的確な対処法、メインテナンス法が行えることは、患者さんにとっても福音であり、信頼関係の確立にも役立ち、後に他の部位の治療にも繋がる。インプラント臨床をおこなっている機関、医院に一冊あると助かる本である。今後この本によってさらに安全、確実な 患者の為のインプラント臨床になっていくことであろう。